期待のネット新技術

メッシュ前提の転送方式「CTF」を採用した「UNISONet」

【IoT時代の無線通信技術「LPWA」とは?】(第19回)

 LPWA、あるいはLPWANと呼ばれる規格は、Low Power Wide Area(もしくはLow Power Wide Area Network)の略だ。

 この規格、2016年ごろから、まず海外で次第に普及が始まり、2017年あたりから、日本でも取り組むベンダーやメーカーが増えてきた。2018年には一斉に開花……とまでは行かないものの、現実に商用サービスはすでに始まっている状況だ。

「IoT時代の無線通信技術『LPWA』とは?」記事一覧

東大発ベンチャー開発の加速度計測向け規格「UNISONet」

 今回の「UNISONet」は、まだサービスすら始まっていない。こちらは日本のソナス株式会社が開発中のものだ。開発中とは言いつつ、第1弾の製品群は既に出荷され始めているので、ここで取り上げても差し支えないだろう。

 ソナスは2015年11月に創業された東大発のベンチャー企業で、事業内容には「センシングに関するハードウェア、ソフトウェア、サービスの企画、設計、製造​、販売」とある。実際、第1弾の製品群である「sonas xシリーズ」は、無線を利用した加速度計測(振動計測)向けの製品なので、ある意味筋が通っている。

 ただ、その振動を測定した結果をどうやって収集するかという部分で、従来のネットワークではなく、UNISONetという独自のLPWAを開発したところがポイントである。

メッシュが前提、同タイミングで同じデータを複数ノードから受信する、干渉のない転送方式「CTF」を採用

 そのUNISONetの特徴は「CTF(Concurrent-Transmission Flooding:同時送信フラッディング)」という、従来とは全く異なるデータ転送方式を利用している点だ。このCTF、簡単に言えば「複数のノードから、同一データを同一タイミングで受信すると、致命的な干渉が発生しない」というものである。

 この仕組みの基礎となるのが、2011年に発表された"Efficient network flooding and time synchronization with Glossy"という論文で示された原理だ。これを応用した通信方式として、2012年に"Low-power wireless bus"という論文が、同じ著者らによって発表されている。

 このCTFを利用することで可能となる転送方式が、こちらのウェブページにまとめられている。要するに、トポロジーを認識しないままメッシュネットワークにデータを送り出しても確実に伝達できることが、CTFにより担保されるというものだ。

 メッシュネットワークには、マルチホップにより到達距離を延ばせることに加え、どこかのリンクに障害が発生しても、これを迂回して通信経路を構築できるため、耐障害性が高いというメリットがある。

 一方で、中継ノードなどがメッシュの構造を把握しておく必要がある。このためには、定期的にメッセージ交換を行ったり、ときどきブロードキャストを行って返信を受けるとなど、さまざまなテクニックがある。こうした、ダイナミックに構造を把握するという処理に、少なからぬネットワークトラフィック(と消費電力)を費やすことが避けられない点を嫌い、静的なメッシュを利用するケースもあるが、こちらは著しく柔軟性を欠くことになる。CTFを利用すると、こういった問題がきれいに解決するわけだ。

 ただし、これを実現するには、CTFの特徴でもある「同一タイミング」を正確に実現しなければならない。このためUNISONetでは、時分割の細粒度スケジューリングを行うとともに、全てのデバイスで厳密な時刻合わせを行っている。さすがに原子時計を持ち込むレベルには至っていないが、それでも10μs単位で時刻同期を行うという特徴は、ほかのLPWAではまず見ないものだ。

「IEEE 802.15.4」の2.4GHz帯を利用、最大10ホップで1kmでの通信が可能920MHz帯を使うサブギガ版も開発中

 一方で、無線規格そのものは、割と一般的なものだ。現時点では、ZigBeeなどと同じく「IEEE 802.15.4」の2.4GHz帯を利用した通信方式であり、到達距離は、1ホップあたり最大500m程度で、2019年3月における実績では最大10ホップで1kmが実現できたという。

 通信そのものは双方向で、転送速度は最大で2KB/sec程度。1ネットワーク内のデバイス数は100台程度とされる。ただこれらの数字は、実際に測定した実績値というべきもので、理論値はもう少し大きなものになりそうだ。

 2.4GHz帯を利用したのは、おそらくPHYの入手が容易だからだろう。ただ。屋内用途としてはともかく、屋外ではやはり到達距離の問題があるようだ。現在は920MHz帯を利用するサブギガ版のUNISONetを開発中であり、2019年6月にはサンプルの提供開始が発表された。

 このサブギガ版UNISONetの規格には、1ホップの到達距離が最大2kmの「UN Leap」と、最大5kmの「UN Metro」の2種類が用意されている。時刻同期精度はいずれも100μsと一桁落としているものの、UN Leapでは2KB/secのスループットを維持できている(UN Metroは検証中)。さらに、1ネットワーク内の収容台数も数百台へと増えている。こちらが本格稼働すれば、LPWAとしては申し分ない性能と言えそうだ。

あくまでソナスのプロプライエタリな規格

 ただ、現状UNISONetはあくまでソナスのプロプライエタリな規格に過ぎない。確かに物理層にはIEEE 802.15.4を採用しているが、同じくIEEE 802.15.4のZigbeeや無線リモコン用PHYを持ってきて、UNISONetを利用するというわけにはいかない。

 この辺りは特許などとの絡みもあるのだろうが、今のところ詳細なプロトコルなどは公開されていない。UNISONetの特徴としては、ここまで説明してきた内容のほかに、電波環境変動に強い安定性があること、電池で年単位の駆動が可能な省電力性、通信が低遅延であること、再送制御による通信データのロスレス担保、などが挙げられている。

 しかし、例えば省電力性については具体的な条件がない。まさか単3電池2本程度で、365日/24時間連続して2KB/secの通信が可能という話ではないだろうし、不明確な点も多い。

振動センサーとデータ収集機能を組み合わせた「SONAS X」ネットワーク仕様はP2Pに近い

 冒頭に書いた通り、同社最初のアプリケーションである「SONAS X」の一般発売が2018年10月に開始されたが、これは加速度計測がメインで、ADI(Analog Devices Inc.)ないしEPSONの振動センサーと、そこからのデータ収集機能、UNISONetの無線部を組み合わせた同社提供のセンサーユニットで、複数地点のデータを一括収集し、その結果を解析するというもので、一般的なLPWA向けソリューションとは言い難い。

sonas xシリーズ x01

 もちろん同社でもこうした点は理解しており、2019年4月からは「Dash PoCサービス」の提供を開始している。これは、UNISONetモジュールを搭載した、ある意味汎用のセンサーユニットをベースに、ソナスが顧客ニーズに合わせてカスタマイズを行うことで、PoC(Proof of Concept)向け機器を最短2週間で開発。納入後の検証を経て、可能ならそのまま本番稼働に移る、というものである。

 これでも一般的、というにはまだ難しいが、ベンチャー企業である同社としては、ほかのLPWAのように広く仕様やモジュールを公開し、幅広く使ってもらってユーザーを増やすといった施策は、企業体力的に無理であると判断した上で、逆にできるところから始めたというあたりではないだろうか。

 その意味では「面白そうだからちょっと使ってみよう」といったお試しができない点が残念ではあるが、確実にビジネスを立ち上げていくという同社の方針が透けて見える。

 LPWAそのものとしてみた場合、SigFoxやNB-IoTのような基地局とデバイス間の接続ではなく、いわばP2Pに近い(少なくとも仕様を見る限り、特に基地局やルーターにあたるものは存在しない)ネットワークで、上位にどういうプロトコルを載せるか次第で、さまざまな応用は利きそうだ。

 しかし逆に、それこそ先週紹介したELTRESのように、パブリック/プライベートのネットワークが混在するような構成とするのは難しそうだ。少なくとも現バージョンのUNISONetは、プライベートネットワークしかないことになる。また、モジュールの供給も、今のところソナスから提供されるものが唯一で、このあたりも広範な普及には阻害要因となり得るかもしれない。

 同社は現在、構造物のモニタリングや、工場/倉庫設備の予知保全といた分野に、いくつかの実績がある状態だ。今後もLoRaなどに比べると、ずっと目立たないながらも少しづつ実績を積み重ねていくというかたちで展開していくと思われる。

「IoT時代の無線通信技術『LPWA』とは?」記事一覧

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/