期待のネット新技術

光や温度差、直線運動で発電、バッテリーレス動作で超低消費電力の「EnOcean」

【IoT時代の無線通信技術「LPWA」とは?】(第15回)

 LPWA、あるいはLPWANと呼ばれる規格は、Low Power Wide Area(もしくはLow Power Wide Area Network)の略だ。

 この規格、2016年ごろから、まず海外で次第に普及が始まり、2017年あたりから、日本でも取り組むベンダーやメーカーが増えてきた。2018年には一斉に開花……とまでは行かないものの、現実に商用サービスはすでに始まっている状況だ。

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独Siemens AGが開発し、国際標準化もされた「EnOcean」

 「EnOcean」は、ちょっと毛色の変わったLPWAだ。正確に言えば、EnOceanそのものはLPWAとは呼び難いのだが、2017年に「EnOcean Long Range」という規格が追加され、都市部で数百m、郊外で数kmの到達距離を確保したことで、LPWAと呼ぶにふさわしいものになった。

 EnOceanそのものは、超低消費電力と超高効率が特長の無線規格である。もともとは独自規格だったが、通信規格に関しては2012年に「ISO/IEC:14543-3-10」として国際標準化されている。

 このEnOcean、もとは独Siemens AGの中央研究所で開発されていたのだが、これをSiemens本体で利用する可能性が薄い、と判断された結果、外部へスピンアウトされることになり、2001年に設立されたのがEnOcean GmbHとなる。

 テクノロジー面はともかく、こうした独自規格は、実際に製品化されるのかという面で不安が残るのが常だ。ただ、何しろもともとSiemens AGから分社しただけに、製造はSiemensへ委託されていた(2009年以降はそれ以外の企業への製造委託もスタートしている)。

 そして、EnOceanの株もSiemensが保有している。上場企業ではないため現時点での比率は不明だが、2008年の時点では19%ほどを保有していた。こうした後ろ盾があってか、欧州ではEnOceanの採用事例が多く、既に300社以上が搭載製品を出荷している。

光や温度差、直線運動で発電、バッテリーレスで“超”低消費電力と“超”高効率

 さて、“超”低消費電力と“超”高効率と謳う根拠は? と言うと、何しろEnd Nodeがバッテリーレスで動作する。「電源レス」ではなく(それが可能なのは糸電話くらいのものだ)バッテリーレスだ。要するに、End Nodeが自ら発電を行い、その電力で通信を可能にするというもので、具体的にはMotion/Light/Temperatureの3つが、EnOceanのEnd Nodeの電力源である。

 まずMotionだが、これは直線運動を利用して発電を行う。具体的に言えば「スイッチの押下」などがこれにあたる。EnOceanの「ECO 200」というモジュールを利用することで、およそ2.7~3.9Nの力でスイッチを押すと、2V出力時に120~210μJの電力が得られる。この電力で、ほぼ1回の通信がまかなえる。

 Lightは光で発電を行うものだ。13×35mmの太陽光発電セルを組み合わせると、200ルクスの照度が15分間あれば、1回分の通信に必要な分を発電できる。最後のTemperatureは温度差で、同じくEnOceanの「ECT 310」を利用すると、7℃程度の温度差があれば100μW程度の電力を生成できる。この状態が3秒続けば300μJとなるので、2~3秒に1回の頻度で通信が行えるわけだ。

EnOcean「ECO 200」
EnOcean「ECT 310」

 例えば先に説明したMotionに関して言えば、ドアの開閉などはちょっとしたギアボックスを挟み込むだけで直線運動に転換できるから、開閉があればその動きを電力源として無線を飛ばすことができる。

 これは、人員/稼働の状況や、窓の開閉の確認、セキュリティなど、さまざまな用途に応用できる。何より、ドアや窓の開閉という動きそのものが動力源になってバッテリーレスで動作するので、定期的なバッテリー交換の必要から解放される。

 実のところ、バッテリー交換は人手に頼るしかないので、そのコストは馬鹿にならない。だからこそ、LPWAの各種規格がいずれも、10年以上のバッテリー寿命を何とか確保すべく苦労しているわけで、そもそもバッテリーレスなら、この心配が要らないことになる。

 この仕組みなら間違いなく超低消費電力だし、この少ない消費電力で通信を可能にするには、当然ながら超高効率でなければならない。EnOceanの謳い文句が誇大とは言えないことが、こうした数字から理解いただけるだろう。

消費電力の制限は厳しい一方、必要な要素を仕様に盛り込む

 さて、そのEnOceanの無線規格の仕様は、以下のようなものとなっている。

  • 利用帯域はISM Band
  • 変調方式はASKまたはFSK
  • 到達距離は屋内が10m、屋外が数百m
  • 送信は片方向と双方向をサポート、出力は1mW
  • 通信方式はPeer-to-Peerで、Meshは非サポート

 利用帯域は、欧州及び中国向けには868MHz帯、北米向けには902MHz帯、日本市場向けには928MHz帯を用意している。昔は315MHz帯を利用したソリューションも可能としていたが、現在はあまり利用していないようだ。

 1回の通信で伝送できるデータ量は、VLD telegramを利用した場合で最大14Bytes、1BS telegram/4BS telegramではそれぞれ1Bytes/4Bytesとそれほど多くない。ただしその分、1回の通信そのものは1ms以内に完了する。一方、確実な伝送を期するため、送信は一定期間(25ms内)に複数回(3回以上)をランダムに繰り返す仕組みを採っている。

 通信は暗号化で保護され、最大24bitのRC(Rolling Code)を利用した改竄防止(リレーアタックなどの抑制)と、AES128による暗号化が施される。また、全てのEnOcean Deviceには32bitのユニークなIDが割り振られ、このうち24bitはネットワークアドレスとして利用される。

 やはり消費電力の制限が厳しいので、あまり複雑な仕組みは入れられないが、それでも必要な要素はきちんと盛り込まれているのが分かる。

標準化はOSI7層のうち3階層まで、アプリ制御部分はEnOcean Allianceが仕様をリリース

 さて、当初はEnOceanの独自規格だったわけだが、2008年にEnOcean Allianceが設立され、規格の標準化の場はこちらに移された。

 先に、通信規格は「ISO/IEC:14543-3-10」で標準化された、と書いたが、こちらで標準化が行われたのは、OSIの7層構造で言えば下から3階層目までで、その上の実際にアプリケーション制御を行う部分には標準化が及んでいない。

 ただ、これについても、EnOcean AllianceからTechnical SpecificationやCertification Specificationなどがリリースされており、もはや独自規格とは呼べない状態になっている。

 既にEnOcean Alliance自身も、Promotorが9、Participantsが180、Associatesが214という結構なメンバー数で、下手なLPWA規格よりもよほど浸透していると言える。

10倍の送信電力で最大6kmの到達距離を実現した「EnOcean Long Range」

 そのEnOceanの送信出力を10/20mWまで増強することで、屋外の見通し距離なら数km(最大6km)、都市部でも300~400mほどまで到達距離を伸ばしたのが「EnOcean Long Range」だ。

 送信出力を増やせば到達距離が延びるのは自明だが、その分消費電力も落ちる。そこで、EnOceanでは送信速度を1kbps以下に落とすことで、これに対応している。要するに、1回の送信に必要となる電力が10倍になるので、送信頻度を10分の1以下にすればいい、というわけだ。

 さすがにこうなると、MotionやTemperatureなどは蓄電用に大容量のコンデンサを追加する必要があってやや難しいだろうが、Lightであれば対応は可能だ。

 実際、EnOcean Long Rangeに対応した「EMOS 200LH」の場合は、太陽光発電セルを屋外用のエンクロージャーに収めた構成になっている。全く発電ができずにシステムが初期化されるまでの時間を表す「Complete Dark time operation」も3週間とかなり長い。

 この間に一度も発電できない、というケースは考えにくく、あるとすれば災害などでセルを覆うようにゴミが張り付いたとか、エンクロージャーの取り付け位置が変わってしまったとかだろうが、これはさすがに人手での復旧が必要で、逆に言えばこうしたケース以外に、バッテリー交換すら要らないという点は、やはり大きな魅力である。

 このEnOcean Long Rangeは今のところ日本向けの規格として扱われており、EnOceanのウェブサイトでも、"Long Range for Japan"とされている。日本以外での展開は今のところないが、逆に言えば日本ではこれが利用できるわけだ。

 もっとも、このEnOcean Long Rangeは、今のところ農水産業向けをターゲットとした展開となっており、一般的な利用を考慮しているとは言い難い。そんなわけで、独特の立ち位置を確保しているのが現状である。

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記事訂正 2023年2月6日
本記事の内容に以下の誤りがありました。お詫びして修正いたします。

誤:およそ2.7~3.9Nの力でスイッチを押すと、2V出力時に120~270Jの電力が得られる
正:およそ2.7~3.9Nの力でスイッチを押すと、2V出力時に120~210μJの電力が得られる

※単位の間違いがありました。また、2023年時点のデータシートでは執筆当時の「270μJ」でなく「210μJ」と数値が変わっていましたので、数値もあわせて修正いたしました。

大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/