地図と位置情報

「衛星データ」活用で新しいビジネスが生まれる! 衛星画像のAI分析で、こんなことまで分かる!

Orbital Insight日本法人ゼネラルマネージャーに聞く

衛星データの強みは「国境に関係なくグローバルにデータを収集できる点」「画像であるために分かりやすく、そこで何が起きているのかを把握できること」だという。では、衛星データからいったい何が分かるのか? 具体的にどういったビジネスに活用されているのか?

 軍事侵攻や火山噴火、大型船の座礁、森林火災、土砂災害、軽石の漂着など、最近のニュースでよく見かけるのが、現地の状況を撮影した“衛星画像”だ。このような“衛星データ”をもとにAI技術を使って分析し、さまざまな社会課題の解決に活用する取り組みが進んでいる。

 シリコンバレーのスタートアップ企業であるOrbital Insightもその1つ。同社は2013年に創業し、2018年には最初の海外拠点として東京オフィスを設立。日本の企業と協業しながら地球観測データを分析し、さまざまな社会課題を解決するソリューションを展開している。今回は、日本法人のゼネラルマネージャーを務めるマイク・キム氏に、同社の取り組みと、衛星データを活用したビジネスの可能性について話を聞いた。

Orbital Insight日本法人ゼネラルマネージャーのマイク・キム氏

石油タンクの「蓋に映し出された影」をAI分析し、世界中の石油備蓄量を推計

 Orbital Insightは、シリコンバレーのパロアルト市を拠点としたスタートアップ企業で、衛星データをはじめとした地理空間情報を活用して、さまざまなソリューションやアプリケーションを提供するビジネスを展開している。衛星データというと、Google マップなどの地図アプリでおなじみの衛星画像や、気象衛星「ひまわり」などの画像を思い浮かべる人が多いかもしれないが、衛星から入手した商用の衛星画像をもとにAIによる分析を行い、さまざまな課題を解決するのがOrbital Insightのビジネスだ。

 Orbital InsightによるAI分析の事例として代表的なのが、小型衛星によって宇宙から撮影された世界中の石油タンクの映像をもとに、独自の技術により石油タンクの蓋に映し出された影を分析して、世界中の石油備蓄量を推計するという取り組みだ。同社はこの推計結果をエネルギー関連企業や投資家などに提供している。

世界中の石油タンクの備蓄量を推計

 もう1つの事例としては、衛星によって撮影されたショッピングセンターの映像をもとに駐車している車の台数を集計して、売上の推移を推計したり、顧客がショッピングセンターを訪れるパターンを分析したりするサービスも提供している。

 衛星データはこれまで農業や漁業など一次産業に活用される事例が多かったが、近年ではこれら2つの事例のように、金融や小売、製造、不動産、建設などさまざまな分野において活用の幅が広がってきている。

 「Orbital Onsightを立ち上げた理由として、衛星を打ち上げるためのコストが下がり、衛星データの価格もどんどん下がり、商業的に使用しやすくなってきたことが挙げられます。また、AIの技術が向上してきたこと、クラウドコンピューティングの環境が充実してきたことも理由で、大規模な処理を容易に行えるようになってきたことも挙げられます。」(キム氏)

 前述した石油タンクの事例では、米Planet Labsが運用している小型衛星「Dove」の観測データを利用している。Doveは10×10×30cmの小型衛星で、常時、120機以上の機体を絶え間なく周回させることにより、場所を選ばずに1日に1回、同一地点を継続して監視できる。このように複数の衛星を組み合わせて協調させて動かす仕組みは“衛星コンステレーション”と呼ばれており、衛星コンステレーションの発展により、かつてないほど衛星データを利用しやすい環境が整ってきたことが衛星データ解析ビジネスの隆盛につながっている。

クラウドツール「Orbital Insight GO」でさまざまな分析が可能、位置情報ビッグデータも提供

 「Orbital Insightの強みは、多様なデータを使用していることです。衛星データだけでなくモバイルロケーションデータやコネクテッドカーからのデータ、船舶データなど、さまざまな地理空間情報を独自のプラットフォーム『Orbital Insight GO』に集約することで、短時間で分析を行えます。また、質の高いAI分析アルゴリズムを提供できるのも特徴で、顧客に合わせてデータセットをカスタマイズして提供できる点も強みです。」(キム氏)

 Orbital Insight GOは、同社が2019年に提供開始したクラウドツールで、衛星データをはじめとしたさまざまな地理空間情報を組み合わせて分析を行える。無料の衛星データ分析プラットフォームとしては、Googleが提供する「Google Earth Engine」や、さくらインターネットが経済産業省の事業として展開している「Tellus」があるが、Orbital Insight GOは有料ツールで、無料プラットフォームでは提供されない衛星データも使用できるほか、衛星データ以外のデータも組み合わせることができる。

 衛星データ以外のデータとして提供されるのは、スマートフォンから取得した位置情報ビッグデータや、AIS(船舶自動識別装置)による船舶の位置情報データ、コネクテッドカーから取得した位置情報データなどで、このほかにドローンやIoTから取得したデータなどをカスタマイズで追加することもできる。

自動車など「物体」を検知して数える機能、過去・現在の画像の差分比較も

 Orbital Insight GOによる衛星データの分析機能としては、自動車や飛行機、船舶などの物体を検知し、数える機能や、検出した対象物の種類を分類する機能などを搭載している。また、森林や河川、建物などを色分けして土地の利活用の分析を行えるほか、洪水など災害が発生したときに氾濫した範囲を特定したり、森林伐採が行われているエリアを検出したりすることができる。さらに、過去と現在の画像の差分を比較することで、建設の進捗状況を調べることも可能だ。

 Orbital Insight GOは分析アルゴリズムを追加することも可能で、前述した石油タンクの事例の場合は、AIによりタンクの蓋の影から石油備蓄量を推計する独自のアルゴリズムを使用している。

上海の市街地を走行・駐車中の自動車を検知
土地の利活用を分析可能

位置情報データと組み合わせて「サプライチェーン監視」として活用

 スマートフォンから収集した位置情報を活用した分析については、ある時点における各地の混雑状況をヒートマップ表示させる機能に加えて、現在、ある場所にいる人や車などが、どこから来たのかを過去に遡って推測・分析できるトレーサビリティ機能も搭載している。

人流ヒートマップ
成田空港の人流の変化をグラフ表示

 例えば消費財メーカーのユニリーバでは、インドネシアやブラジルのパーム油農園において、サプライチェーンを可視化するためにOrbital Insight GOを活用している。パーム油の工場を訪れる人やトラックがどの農場から来たのか、指定された農場から来ているかを推測することができるほか、衛星データを組み合わせることで、森林の違法伐採を行っていないかどうかをチェックすることもできる。

 サプライチェーンの監視はパーム油やコットンのほか、半導体の製造などについても活用することが可能で、工場内の人流データをもとに生産量を推測できるほか、工場から港への輸送なども追跡できる。サプライチェーン監視を現地で調査会社に頼んでリサーチさせることも可能ではあるが、衛星データやモバイルロケーションデータを活用したほうが、よりリアルタイムかつ低コストで監視を行える。

ブラジル内のサプライチェーン可視化

「マルチクラス物体検出アルゴリズム」が船舶・航空機・車両の種別まで識別

 2021年12月には、船舶・航空機・車両について、それぞれの種別まで識別できる「マルチクラス物体検出アルゴリズム」を発表した。このアルゴリズムは、航空機については戦闘機、爆撃機、ヘリコプター、民間ジェット機などの検出・識別、船舶に関しては船、貨物船、漁船、その他の船舶の識別を行える。車両検出では、乗用車、トラック、鉄道車両を区別できる。

 船舶であれば、港湾に停泊する船の輸送状況などを、より詳細に分析することが可能となり、精度の高い経済分析が可能となる。また、このような船舶の検知技術を、防衛分野に生かしたり、不審船を検知したりすることも可能となる。

 これらのデータや分析アルゴリズムを組み合わせることにより、例えばインフラ建設においては、衛星写真で建造物の建設進捗状況を監視し、AISで物資調達状況を把握、モバイルロケーションデータで工事要員の数を把握するといった具合に、包括的なモニタリングを行える。

船舶の種類を分析
航空機の種類を分類

金融業界も衛星データ参入の動き。三井住友銀行が分析サービス「ジオミエール」提供開始

 キム氏は、Orbital Insightのサービスが活用されている分野として、ユニリーバの事例のようなサプライチェーン監視や、防衛・インテリジェンス(情報収集)、不動産、そして金融などの分野を挙げる。

 金融分野では、日本においては三井住友銀行(SMBC)と戦略的パートナーシップ契約を締結し、SMBCによる衛星データ分析サービス「ジオミエール」が2020年にスタートしている。ジオミエールは衛星データを活用して人流や車両数、土地・建物の状況を可視化し、分析レポートとして提供するサービスで、出店計画や既存店の売上変化の要因分析などのマーケティングや情報分析、都市開発、所有地のモニタリングなどへの活用を想定している。

 金融分野において、これまで伝統的に使われていた企業の財務情報や政府の統計データに対して、位置情報やSNS情報、POSデータ、クレジットカードデータなど、従来はあまり活用されてこなかったデータは“オルタナティブデータ”と呼ばれており、政策や経営、投資などの判断材料として活用する動きが進んでいる。衛星データもオルタナティブデータの1つとして注目されており、SMBCのように宇宙分野とは関連が薄かった企業がこの分野に参入する動きが出てきている。

 「衛星データの強みは、国境に関係なくグローバルにデータを収集できる点で、画像であるために分かりやすく、そこで何が起きているのかを把握できることです。AIによる画像認識技術はどんどん向上しつつあり、衛星データを分析を使った分析サービスは今後も継続して発展していくでしょう。」(キム氏)

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INTERNET Watchでは、2006年10月スタートの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」に加え、その派生シリーズとなる「地図と位置情報」および「地図とデザイン」という3つの地図専門連載を掲載中。ジオライターの片岡義明氏が、デジタル地図・位置情報関連の最新サービスや製品、測位技術の最新動向や位置情報技術の利活用事例、デジタル地図の図式や表現、グラフィックデザイン/UIデザインなどに関するトピックを逐次お届けしています。

片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報トラッキングでつくるIoTビジネス」「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。