期待のネット新技術

単三で20年の電池寿命、最大150kbpsのIoTアプリ向けネットワーク「Milli 5」

【IoT時代の無線通信技術「LPWA」とは?】(第20回)

 LPWA、あるいはLPWANと呼ばれる規格は、Low Power Wide Area(もしくはLow Power Wide Area Network)の略だ。

 この規格、2016年ごろから、まず海外で次第に普及が始まり、2017年あたりから、日本でも取り組むベンダーやメーカーが増えてきた。2018年には一斉に開花……とまでは行かないものの、現実に商用サービスはすでに始まっている状況だ。

「IoT時代の無線通信技術『LPWA』とは?」記事一覧

IEEE 802.15.4gがベースの「Milli 5」、Silver Spring Networksが開発

 連載の第9回で紹介した「IEEE 802.15.4g」だが、これを利用するのは「Wi-SUN」だけではない。ということで今回紹介するのが「Milli 5」。こちらもIEEE 802.15.4gをベースとしたものだ。

 Milli 5を開発したのは、2002年創業の米Silver Spring Networksである。電力供給系企業に向けたネットワークを開発しているメーカーで、2007年にまずフロリダの電力会社であるFPL(Florida Power & Light)に、次いで2008年にはカリフォルニアを中心とした太平洋岸地域一帯のエネルギー供給会社であるPG&E(Pacific Gas and Electric Company)に、スマートメーターと、これを繋ぐための独自ネットワークを提供している。

PG&Eに提供したスマートメーターの構成の概略図。スマートメーター同士は独自のリレー/ブリッジ経由でアクセスポイントとメッシュ接続され、ここからWAN回線経由でバックオフィスに接続される。出典はRichard Tell Associatesによる"Supplemental Report on An Analysis of Radiofrequency Fields Associated with Operation of the PG&E SmartMeter Program Upgrade System"(PDF)

 この後も同社は、スマートグリッド向けにTCP/IPスタックを提供したり、スマートグリッドで需給の調整を行う仕組みであるDR/DM(Demand Response/Demand Management)向けのサービスをネットワーク経由で提供するといったように、電力供給系企業に特化したサービスやネットワークを次々に投入している。

スマートメーター向け第5世代ネットワークプラットフォーム「Gen 5」

 そのSilver Spring Networksが2015年1月に発表したのが、同社の第5世代のネットワークプラットフォーム「Gen 5」である。その特徴をまとめれば、以下のようなものだ。

  • 転送速度:最大1.2Mbps
     同社の前世代ネットワークに比べて4倍高速。スマートメーターの蓄積データ数日分をほぼリアルタイムでグリッドオペレーターに転送可能
  • レイテンシー:訳10ms
     前世代比で3分の1のオーダー
  • 到達距離:約50マイル(80km)
     前世代比で最大3倍に達する
  • 各End Nodeの性能:前世代比でデータ処理能力が10倍、メモリ容量が8倍
  • 消費電力:前世代比でおよそ5分の1
     2倍のオペレーション能力と5倍のカバレッジも実現
  • パッケージサイズ:約7分の1
  • バッテリー寿命:センサーノードなどで最大20年

 前世代と比べた性能と省電力性の向上は、なかなか凄まじいものである。ただ、実はこれ、Smart Grid/Smart Meter用のネットワークではある。コンポーネントとしては、同社からComms Module 5(End Device用モジュール)/Bridge 5(IPv6対応Bridgeモジュール)/Access Point 5(アクセスポイント)/Relay 5(リピータモジュール)が提供されるが、これらはスマートメーターなどに組み込みことが前提で、LPWAとは直接関係ない。

単三で20年の電池寿命、最大150kbpsのIoTアプリ向けネットワーク「Milli 5」

 このGen 5とともに発表されたIoTアプリケーション向けネットワークがMilli 5となる。こちらは以下のように、自律式のメッシュネットワーク構成とされている。

  • 転送速度は50~150kbps
  • 消費電力と、到達距離/性能のバランスを動的に調整
  • IPv6・IEEE 802.15.4g・Wi-SUN・DLMS/COSEMといったオープン標準に対応(DLMS/COSEMはスマートメータリング用のプロトコルで「IEC 62056/EN13757-1」として標準化)
  • 消費電力は通常1日あたり10ジュール未満で、単三電池で20年の電池寿命を実現可能
  • 通信はAES-256で暗号化され、公開鍵暗号を利用した認証をサポート
  • モジュールサイズは25mm×30mm、重量は5g
Milli 5のモジュール。2015年中にトライアル開始予定とされていた

 どうもSilver Spring Networksでは、このMilli 5をGen 5の補助的な用途に利用しようと考えたらしい。ガスを例に取れば、ガスメーターそのものはGen 5のComms Module 5を使って構築すればいいが、ガス警報器にまでComms Module 5を入れるのは、ちょっと無理がある。そこでガス警報器にはMilli 5を入れ、それとComms Module 5の間はBridge 5で繋ぐ、という構図となるわけだ。

 さて、そのMilli 5は、ネットワークこそWi-SUN互換であるが、その上位はGen 5と互換(というか、サブセットというべきか)に近いプロトコルのようだ。

 それもあってか、既にGen 5を利用しているユーザーには親和性が高いものの、そうでないユーザーには敷居が高い(というか、特に利用するメリットがない)というのが正直なところだろう。

初期のArduino Shield Board。これはアンテナが基板と垂直に立つタイプだが、最新のボードではアンテナが基板と並行の向きになるようコネクタが変更されるなど、若干違いがある

 実際、Silver Spring Networksは、この後も特にMilli 5を広く利用してもらおうという施策を打った形跡も見当たらない。強いて言えばArduino用のシールドというかたちで開発キットがリリースされているが、そちらはデバイス側で、通信相手として同社のIoT Edge Routerが必要となる。要するに、開発キット同士のP2Pは考えていない、という話である。

 さて、そのSilver Spring Networksは、2018年1月にItron(こちらの記事に登場したWi-SUN FANの共同議長を務める企業)に買収されており、Gen 5やMilli 5は現在、Itronから引き続き提供されている。

 Itronには、例えば日本語のウェブページもきちんと存在するのだが、今のところMilli 5を日本で提供する気は皆無のようだ。開発キットである「Milli Dev Kit」を見ても、米国/豪州向け、シンガポール向け、EU向けの3種類のみが用意されている状況で、技適うんぬん以前に、そもそも日本の周波数帯向けモジュールが存在しない。対になるIoT Edge Routerの方もこの点は同様で、日本ではMilli 5の評価は不可能だ。

 Milli 5自身は、例えば2018年6月に大阪の新コスモス電機が「ML-310」という北米向けのガス警報器に組み込んでおり、2019年1月にはニューヨークのエネルギー供給会社であるCon Edisonが9000台あまりのML-310を展開して評価を行うといった話が出るなど、水面下では着々と普及をし始めている様子だが、少なくとも現時点ではこれが日本で普及する要素はなさそうなのは、ちょっと残念である。

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大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/