期待のネット新技術
4ペアで最大51Wを実現するPoE+こと「IEEE 802.3at」
2022年6月7日 06:00
昨今、かなり普及してきたEthernet技術の1つに「PoE(Power over Ethernet)」がある。要するに、Ethernetケーブルを利用して、データ通信と一緒に電源まで供給しよう、という仕組みだ。PoEの規格には、前回紹介した「IEEE 802.3af-2003」を含めて3つがある。
名称 | 標準化名 | 策定時期 | 最大供給電力 |
PoE | IEEE 802.3af-2003 | 2003年6月 | 15.4W |
PoE+ | IEEE 802.3at-2009 | 2009年9月 | 30W |
PoE++ | IEEE 802.3bt-2018 | 2018年9月 | 90W |
Wi-Fi普及でアクセスポイント向けに12.95W以上の供給を
「PoE+」については、Study Group結成のきっかけとなるCFI(Call for Interest)が2004年11月に出されている。PoEが2003年6月に標準化完了され、規格が市場に出てから1年半弱が経過したタイミングだ。
このCFIの資料を見ていると、この時点での主なPoE関連マーケットの牽引役はWi-Fiのアクセスポイントであり、そのマーケットが今後大幅に伸びる中で、PoE経由でより大きな電力の供給が必要になっていくというわけだ。
この見通しそのものは、実のところそう間違ってはいなかった。2003年と言えば、Intelが「Centrino」というモバイルPCのブランドを立ち上げる中でWi-Fiの搭載を必須とするとともに、これを推進する目的で、Wi-Fi Hotspotの立ち上げや、オフィスへのWi-Fi導入推進などを強力に始めた時期に当たる。
Wi-Fiに対応するクライアントが増えれば、当然これをつなぐためのアクセスポイントが必要だ。特にオフィスなどでは、大量のアクセスポイントを屋内へ設置することになるが、そうなるとバックボーンとしてのEthernetも必要になる一方、これと別に電源を用意するとなると、配備コストが余分にかかってしまう。
そこで、Ethernetの延長としてのPoEで、電源までを供給できれば非常に助かるわけだ。Wi-Fi Hotspotなどでも状況は同じであり、加えて2006年の初代iPhoneの登場により、PC以外にもWi-Fiデバイスが増えたことで、例えば2008年におけるWi-Fiデバイスの出荷台数は、Wi-Fi Allianceによれば3億8700万台とされている。
以下の推定では「ほんの」2000万台程度(!)だから20倍近く違うので、推定の精度としてはあまりよくはないが、急激に増えることそのものは間違っておらず、結果としてPoE+のニーズ増大も間違いではなかったので、結果としてCFIを出したことはよかったのだろう。
24Wは最低限、PoEとの互換性確保も重要に
それはともかく、Study Groupは2005年6月にTask Forceへの昇格を認められ、2009年にIEEE P802.3at Task Forceが結成される。その目的はもちろん、PoEを超える電力を供給する規格の策定だ。なぜなら、ポートあたり12.95Wでは、小型デバイスには足りてもアクセスポイントの駆動には足りないからだ。
ただし、Task ForceのObjectiveも見ると、当初は14あったObjectiveのうち3つが削除、4つが修正されており、一筋縄では行かなかったようだ。議論を進めてゆく中で相当の紆余曲折があったことが伺われる。
そして、最終的なObjectiveは右のようになった。既存のPoEはType 1扱いとなり、新しい、つまり12.95Wを超える規格はType 2の方へ入る格好になったのだが、難しいのは過去との互換性である。
PoEの場合は、接続のネゴシエーションに入る前に、まず低い電圧を掛けて、その際に流れる電流値からClass 0~3の4種類のクラス識別を行うという方式だったが、これを拡張するのは互換性の面から難しいという議論があった。
そこで、後述する「IEEE 802.3bc」を利用して PSE(Power Source Equipment:給電)とPD(Power Device:受電)がネゴシエーションする、という新しいメカニズムが導入されることになった。その最終的な仕様が以下となる。
仕様の中から特徴を挙げれば、以下のようになる。
- CAT5eケーブルが必須
CAT3/CAT5はサポートから外れた(ので、既存のCAT3/5ケーブルを利用している場所では、IEEE 802.11atは利用できない) - 中心電圧は48Vから50Vへ、最大電流は1.5倍の600mAへ引き上げ
ただし、発熱を心配してか、温度は50℃以下という制限が追加されている - 電力供給はPoE互換の2ペアに加え、4ペアを追加
2ペアでは50V×600mA=30W、4ペアなら倍の60Wとなる計算。ただ、30Wや60WはあくまでPSE側の出力で、配線抵抗による損失を考慮し、PD側の入力は最大25.5/51Wと定義されている - 配線抵抗は25KΩ
PoEとの互換性を考慮
ところで、Layer 1/Layer 2の話であるが、IEEE 802.3atではPoEとの互換性を保ちつつ、Classification(つまり本当に30Wまでの電力を供給して大丈夫かを確認)を行うために、Layer 1 Classificationと、Layer 2 Classificationという2種類の仕組みを導入した。
そして、Layer 1 Classificationの模式図が以下だ。Type 1のときには、PSE側が低い電圧を1回供給し、これに対して(所定の抵抗値を利用して)特定の電流を流すことで、PD側はPSEにClassを返すという仕組みになっている。
IEEE 802.3atではこれを2回繰り返す(2-Event Classificationと呼ばれている)。つまり、最初の確認時に40mA前後が流れれば“Class 3以上”として認識され、2度目のClassificationでも40mA前後の電圧が流れた場合には“Class 4”として認識されるというものだ
一方のLayer 2 Classificationでは、「IEEE 802.3bc」で定義されたLLDP(Link Layer Discovery Protocol)を利用し、ここでPSE/PDの電力クラスをお互いに交換し合うことでClassを確定するという仕組みである。
IEEE 802.3atの場合、PSEはこのLayer 1とLayer 2の“どちらか”に対応する必要がある。一方でPDはLayer 1とLayer 2の両方に対応する必要がある、とされている。
余談であるが、この2種類のClassificationは続くIEEE 802.3btでも継承されているが、IEEE 802.3btではClass 8までが定められた結果、Layer 1 Classificationの場合には5-Event Classification(5回チェックを行う)となっている。
ちなみに配線そのもので言えば、前回も紹介した以下の1000BASE-T/100BASE-TX/10BASE-Tの配線図と全く違いがない。
Task Forceがここにたどり着くまで紆余曲折があったが、2009年1月のミーティングでDraft 3.3が承認され、Draft 4.0がSponsor ballotに掛けられる。
そして最終的には「IEEE 802.3at-2009」として2009年11月に無事標準化が完了したが、これに先立ってPoE+対応製品が市場に出荷され始めていた。
というのは、標準化を完了する以前から市場には12.95Wでは対応できないような製品が大量に出回っていたからだ。そのため、仕様の策定完了は好意的に受け止められた。
ただ、この時点では十分と思われていた最大51Wという電力も、市場が広がっていけばさらなるニーズが当然出てくる。これに向け、次のPoE++こと「IEEE 802.3bt」の仕様策定が始まることになった。
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