期待のネット新技術

4ペアでPSE最大90W、PD最大71.3Wの「PoE++」こと「IEEE 802.3bt」

 昨今、かなり普及してきたEthernet技術の1つに「PoE(Power over Ethernet)」がある。要するに、Ethernetケーブルを利用して、データ通信と一緒に電源まで供給しよう、という仕組みだ。PoEの規格には、前々回前回紹介した「IEEE 802.3af-2003」を含めて3つがある。

名称標準化名策定時期最大供給電力
PoE IEEE 802.3af-20032003年6月15.4W
PoE+ IEEE 802.3at-20092009年9月30W
PoE++ IEEE 802.3bt-20182018年9月90W

「PoE+」の51Wを超えるニーズを受け、10GBASE-TでCAT6ケーブルへの電流供給を検証

 今回は、「PoE++」としても知られるPoEの最新規格「IEEE 802.3bt-2018」を紹介したい。

 Study Groupの結成は2013年5月のこと。当初は"4PPoE Study Group"という名前でスタートしたが、初回ミーティングにおけるMarket Requirements & Considerationsというプレゼンテーションを眺めると、いろいろと興味深い。

 まず触れられているのは、「PoE+」、つまり「IEEE 802.3at-2009」では最大51Wの供給が可能だが、多くのケースでこの供給電力を使い切るようになっており、場合によってはもう少し(60Wぐらい)欲しいというニーズが増えていたことだ。

Typical Power Consumptionを見ると、Nurse Call Systemで50W前後というわけで、最大51WまでのPoE+ではギリギリだ

 さらに、従来のPoE/PoE+と区別するために、常に4-Pair PDを示すための指標が必要だ。また、前回説明したように、「IEEE 802.3 Clause 33」において電流値は最大600mAと設定されたが50℃以下という制限があり、これは4PPoEでも適用されることへの対応。そして「10GBASE-T」との互換性についてもプレゼンの中で取り上げられている。

とはいえ、説明したように「10GBASE-T」は信号伝送がいろいろ厳しい(PAM-16+128DSQの200MHz転送なのだが、そのままだとBERが高すぎるのでLDPCで無理やり抑え込む)方式なので、PoEとの併用が信号伝達での支障となることが懸念された

 10GBASE-Tについては、この連載の1回目で書いたように、2016年ごろから製品化へ向けて市場がようやく動き始め、翌2017年あたりから少しずつ製品が出始めた。

 そして、最近になってようやく製品ラインアップも増えて来たが、規格策定側としては、こういった動向に先行して対応を行っておかないと間に合わないわけで、この時期に検討項目として挙げられたのは妥当だっただろう。

 この後、7、9、11月にそれぞれミーティングが開催され、割と素直にTask Forceへ移行することになった。上に書いた懸念事項も、例えば試しに10GBASE-Tへ4-pair 60Wを供給するテストを行ったところ、SNR/LDPCの繰り返し回数ともに全く影響がなかった、といったレポートが上がり、BERへの悪影響もなかったとしている。

10GBASE-Tへの4-Pair 60W供給テストの図。"Power Over 10GBASE-T Ethernet"(AQUANTIA)より。60Wであれば全く問題がなかったという

 ケーブルの発熱に関しては、CAT6ケーブルを37本束ねた状態で、全てのケーブルに電流を通した際の発熱の測定結果も行われ、全体を完全にカバーで覆うと450mAで17℃、900mAでは75℃の温度上昇があったとされる。

2013年11月のミーティングで示された、束ねた37本のケーブルに電流を通した際の温度上昇に関する検証。"Investigations of the thermal impact of remote powering over generic cabling"(LAN Technologies)というスライドより抜粋

 上の図は室温との差なので、室温20℃ならば、450mAで37℃ほど、900mAでは95℃にも達する。ただこれはスライドの一番下の写真のように、37本のケーブルを完全にインシュレーターで覆った場合の結果で、覆いが全くなければ(Fully ventilated)900mA流しても温度上昇は、室温が20℃なら40℃と、20℃ほどに抑えられている。

 この結果から、600mA程度であれば、完全にインシュレーターで覆われた状態のケーブルの中央でも、従来の制限から10℃以内の超過で済む(つまり最大でも60℃程度に抑えられる)、という見通しが語られた。そんなわけで、Study Groupレベルでは特に問題になるような話はなく、そのままTask Forceが形成されることとなる。

8つの電力クラスで、4ペア90Wを実現する仕様が2018年8月に固まる

 ではTask Forceは順調に推移したか? というと、のっけから問題提起が相次いだ。

 基本的なPoE++のアイデアは4ペアの配線による電力供給である。といっても、そもそもPoE+ことIEEE 802.3atの時点で、2ペアで30W(25.5W)、4ペアで60W(51W)に至っているわけで、それもあって初回のミーティングの最初のプレゼンテーションで、以下のような問題提起がなされた。

"The Final Power Over Ethernet Standard"(Avaya Networks)より。お説ごもっとも、ではある

 4ペアというのは、下図のような3種類の組み合わせが考えられるわけで、どれをどうサポートするのか、という議論が必要との問題提起もなされた。

PSEとPDが1つずつ、PSEが2つでPDが1つ、PSEとPDが2つずつ、の3通りがあり得る(PSEが1つでPDが2つはサポート外)というわけだ。"Thinking on 4 Pair PoE Architectures"(Linear Technology/Huawei)より

 ここから、ミーティングの回を重ねるごとに仕様がどんどん改定されていった。当初は4-Pairで最大60Wという話以上のものではなかったのが、3回目(2014年5月)のミーティングでは、60Wを超える議論がスタートし、4回目(2014年7月)には、0~100WをType 4とする仮定で、3-Event Classificationの提案が出て来ている。

 そして6回目(2014年11月)に至っても、下図のような検討資料が出て来ていたあたり、この時点ではまだ最大供給電力が定まっていた感じはない。

"PoE: Extended Power"(Philips Research)より。「TYPE 4」としてカテゴライズされた部分は、まだしっかり定まっていない

 これに関して、90Wという目安の値が出て来たのが7回目(2015年1月)のミーティングだ。CiscoのKoussalya Balasubramanian氏による"Type 4- Power"というプレゼンテーションの中で、供給電圧と供給電流を少しずつ引き上げることで、PSEから90W(正確には89.67W)までの電力供給が可能、という見通しが語られた。

もともとPoE+でもそれなりに安全のためのマージンが残されており、これを若干削ったかたちとなる

 7回目(2015年1月)にはType 3/4とClass 5~8までの原案(下図)が登場し、これをベースに規格化が進むこととなった。この時点では、まだClassとして8+が残っているが、最終的にはこれは削除されてClass 8までとなっている。

供給電力と供給電圧の関係。Class 7/8は52Vへ引き上げられる
1731mAは4-Pair(2組)の合計なので、1組あたりは865.5mAに留められる

 2015年5月のミーティングがNew Proposalの最終期限であり、この後、7月にはDraft 1.0がリリースされてTask Force Reviewへと移ったのだが、実際にミーティングの記録を見ると、ここから数多くのかなり細かい修正が入っている。

 Draft 2.0がリリースされたのは2016年7月のことで、ここからWorking Group Ballotに移り、最終的には2018年8月のミーティングで全ての作業を終了している。本来のタイムラインでは2018年1月で作業は終了し、3月ぐらいに標準化が完了するはずだったから、半年ほど延びた格好となる。

 そして、最終的にPoE++で定められたのは下図に示される8つの電力クラスとなる。

 左がPD、右がPSEとなる。先ほどまで議論していた90WはPSEでの出力で、PDの側で許容されるのは最大71.3Wまでということになる。なお、電流値については、先の供給電力と供給電流の関係の図(P802.3bt - PSE Currents overview 03/15)に示した通り、1組あたりは最大900mA弱が流れることになる。

 当然Class 8まで電力クラスがあるから、接続時のClassificationも複雑化せざるを得ない。下図がType 3/4、つまりClass 5~8におけるClassificationの様子となる。

これはPDがClass 7の場合。Class 8なら、3~5回目のClass EventではSignature 3まで電流値を増やすことになる

 ここで、前回のPoE+の回でも掲載した2-Event Classificationの模式図を見ると、このClass EventでPD側に流れる電流(IPort)は以下の5つとして定められている。

  • 1~4mA : Class signature 0
  • 9~12mA : Class signature 1
  • 17~20mA : Class signature 2
  • 26~30mA : Class signature 3
  • 36~44mA : Class signature 4
2-Event Classificationの模式図

 このClass signatureをそのまま利用した上で、Type 1/2に関してはClass Event 1/2ともにClass signature 1~4をPDから返すことで、Class 1~4をPSEに通知する格好となっている。

 これに対してType 3/4のデバイスでは、まずClass Event 1/2でClass 4 Signatureを返し、次いでClass Event 3~5でClass Signature 0~3を返すことで、Class 5~8に相当することをPSEに通知するというかたちで、電力クラスを確定させることになっている。

 例えばType 3/4 PDをType 2 PSEに接続した場合は、2-Class Eventで初期化が終わるのでClass 4(30W)での提供となるし、逆にType 2 PDをType 3/4 PSEに接続した場合はClass Event 1/2でPSE側が、相手はType 2だと認識できるので、それに合わせた電力を供給するという仕組みである。

 ちなみに、PoE++では最初から書いているように、4ペアが必須(Type 2は4ペアでも動作するが2ペアでも利用できる)となる。ただし、4ペアになっていれば速度そのものは10BASE-Tや100BASE-TXでもサポートされていて、1000BASE-Tと10GBASE-T以外に、2.5GBASE-Tや5GBASE-Tも標準化の対象になっている。

 25GBASE-T/40GBASE-Tは今のところ言及がないが、これらに関してはまだPoEのニーズがない(今はサーバー同士ないしサーバーとスイッチの接続に利用されるのがほとんどで、さらに言えば、そもそも普及していない)ため、省いても差し支えないということだろう。

 ただ、今後、Wi-Fi 7に対応するルーターが普及していけば、その速度は10GBASE-Tでもギリギリだ。何しろWi-Fi 6Eでのピーク速度が9.6Gbpsだったのに対して、Wi-Fi 7では40Gbpsに達するからだ。

 もちろん、これはあくまでピーク性能であり、実効転送速度はまた別だが、家庭用はともかく業務用では10GBASE-Tのポートトランキングと、25GBASE-Tを使うかという議論が出てきそうである。

 もっとも、25GBASE-T(や40GBASE-T)は以前の回でも紹介したように、そもそもCAT8のケーブルを使い、しかも到達距離は30mとなるため、仮にWi-Fi 7の業務用アクセスポイントが登場したとしても、PoEのニーズは生まれないのかもしれない。少なくとも現在活動中のTask ForceやStudy Group一覧には、次世代PoEに関する活動は一切存在しない。

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大原 雄介

フリーのテクニカルライター。CPUやメモリ、チップセットから通信関係、OS、データベース、医療関係まで得意分野は多岐に渡る。ホームページはhttp://www.yusuke-ohara.com/